栄養士・メガネのネタ帳

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ワラジ―の会勉強会「歯科と砂糖」

 砂糖は昔からむし歯の原因として語られてきましたが、臨床現場においては歯だけではなく、歯を支える歯茎の状態にも影響を及ぼすことが共通見解になってきています。長年、開業医として歯科臨床に携わり、食生活の重要性を指摘してきた丸森英史氏が、口の状態への影響力の大きい砂糖を中心に、歯科と食生活の関連について講演しました。全国各地から栄養士19人、歯科衛生士20人、歯科医師6人、その他2人の計47人が参加しました。

むし歯は砂糖が原因

 これまでむし歯の原因は①ミュータンス菌(が口の中に侵入すること)、②歯の質、③糖(主に砂糖)――とされ、日本の歯科保健対策として、歯の質の強化のためのフッ素塗布などが行われてきた。ところが近年の調査で、若年者のむし歯は減っているものの、生涯を通してみるとほとんどすべての人が歯に治療を施している実態が明らかとなった(1)。「フッ素によるむし歯予防効果はあるが、結果として発生時期を遅らせているだけだった」と丸森氏。世界的に先進国では同様の傾向がみられており、どの国においても砂糖の摂取は野放しにされてきたテーマだった。イギリスの公衆衛生学の研究者からは「むし歯の最大の原因は砂糖であり、今後の口腔保健は主に砂糖の摂取制限を目標にすべき」との指摘がある。

 むし歯の原因菌であるミュータンス菌は連鎖球菌の一種で、乳酸発酵により生存エネルギーを得る。そのため、栄養源となる(乳酸発酵に利用できる)糖――砂糖(ショ糖)、果糖、異性化糖など――がなければ活動できず、むし歯も生じなくなると考えられている。

 丸森氏は、世界的な動きとしてWHO/FAOが2003年に発表した、食生活・運動・健康に関する世界的戦略を紹介。「う蝕(むし歯)や歯周病を含む非感染性疾患の減少」を目的に、砂糖の摂取を総エネルギー量の10%以下にすることが提言された。歯科疾患に対しては砂糖を含む飲食物の消費を1日4回までに制限することが推奨されている。また、WHOが2015年に発表した、砂糖に関する最新のガイドラインでは、遊離糖質(食品や料理、はちみつ、ジュースに含まれる砂糖)の摂取を全エネルギー摂取の5%以下にすることが推奨されている。これは1日あたりの砂糖の量にするとティースプーン5杯分にあたる。さらに、生涯の健康な歯の維持のためには、砂糖の摂取量は3%までにすべきだと主張する研究者もいる(1)。

 砂糖の誘惑が抗いがたいワケ

 砂糖摂取に対する理想がある一方で、砂糖の制限は、嗜好が確立した大人になってからは難しいと丸森氏は指摘する。 その理由は、砂糖が、人間の行動を左右する脳の報酬系(脳内システム)に強く作用するためだという。甘味や脂肪の味は脳の報酬系に働き、食や生殖といった生存に不可欠な行動の動機づけとなることが研究で明らかになっている。甘味や脂肪の味の刺激は「もっとほしい」という抑えがたい欲求となり、なかなかやめることができないのである。

「甘いものに取りつかれるのは、意志が弱いだけでなく脳内のシステムにそのように仕組まれているのです。ただし食べ物に対する嗜好性は、薬物中毒のよう脳の中枢に作用するものではなく、もっと複雑なシステムと考えられています。そのため改善策も、運動をはじめ多様な方法が考えられています」(丸森氏)

胎児期からの味覚形成

 そのうえで、丸森氏は、早い段階での味覚形成の重要性を指摘する。ヒトは胎内では羊水を通じて、また生まれてからは母乳を通じて、母親の食べているものの味を感じているとの研究結果がある。その後、成長するにつれ香りや舌触りなどの味わいも覚えていくが、大脳皮質の機能が未発達な子どものうちは過剰な風味の刺激に対しコントロールができないという。「この時に甘味やにおいが過剰な風味として加えられた食品に出会うと、好みがそちらに傾きやすい。ジャンクフードの味付けです。マイルドな味わいをおいしいと感じるためには、繰り返しの学習が必要です。おおむね3歳までに、奥深いおいしさを味わえる習慣を身につけてほしい」(丸森氏)

 さらに、講演では、丸森氏が院長を務める診療所で撮影した、患者の歯と歯茎の写真も多数紹介した。ある小学生の兄弟の試みで、兄は甘いものを好きに食べ、弟は甘いものを食べない状況で3日間歯みがきせずに過ごした口腔内を染め出しした写真では、兄の歯の汚れ方が圧倒的で、歯茎の状態にも違いが見られた。参加者からは驚きの声が漏れた。

 丸森氏は、臨床現場で患者を診る中で食生活の影響を感じ続けている一方で、それを裏付ける研究がないためエビデンスはまだ不十分な状況であり今後のエビデンスの蓄積に期待したいと述べた。

(・_・)メガネの目(・_・)

 口腔内は腸内環境と同様に、細菌叢がある場所です。ヒトの口の細菌叢の組成は時代ごとの食生活と共に変化してきたことがわかっています(3)。現代人の細菌叢のベースができたのは産業革命の時代、砂糖と小麦粉が食生活に入ってきた時で、この頃から口腔内の細菌の多様性は低下し、むし歯の原因菌が口腔内で優勢になったといわれているそうです。エビデンスこそ少ないものの、生活習慣や食べるものによって口の気持ち悪さなどの違いを実感する人は多いのではないでしょうか。これからは誰もが「むし歯は“しょうがなくできる”ものではない」という認識をもち、歯を守るという視点からも食生活を考えていく時代だと思います。

 

文献

(1)Sheiham A, 歯界展望 123(2), 380-384(2014)

(2)Sheiham A et al, BMC Public Health 14, 863(2014)

(3)Nature Genetics 45, 450-455(2013)

 

---- 開催概要 -----

【日 時】

平成28年10月9日(日)14:00~17:00

(13:30より受け付け)

【場 所】

横浜歯科臨床座談会ホール(横浜市中区)

【テーマ】

「歯科と砂糖」

【講 師】

丸森 英史 氏(丸森歯科医院・院長)

【参加者】

管理栄養士、栄養士、歯科衛生士、歯科医師、歯学部学生など